夏の贈り物


「ねえアニキ、こんなに天気良いしドライブいこうよ」
暑さが増し、公園の蝉の声がけたたましい休日の朝。
唐突に響也が言い出した。

響也が突然思いつきを口にすることは良くあることだが、これほど急に言い出すのは流石に珍しい。


「こんな暑い中車に乗るだなんて自殺行為ですよ。行きたければ友人を誘って行きなさい」


どうせいつもの我が儘だろうと朝食の皿を下げながら霧人は適当に受け流すことにした。
どちらかと言うと…と言うより、かなり、暑さ寒さに弱い兄弟は早くも暑気あたりを起こしかけている。
それでも響也は食が進む方だから体調を崩すことは滅多にないが、霧人の方は食欲が格段に減少し、下手をすれば立ちくらみが起こることもある。
体調管理には万全を期しているため仕事に影響が出るようなことはあり得ないが、休日ともなれば外出は必要最低限にして出来るだけ自室に篭もっていたい。
それが霧人の本心だ。


「だめ。僕はアニキと行きたいんだから」
「響也…お前はいくつの子供ですか?」
「子供で良いからさ。ね?行こうよ」

そう言うや霧人が持っていた皿を奪い取り、さっさと片づけを済ませてしまった。




「車取ってくるから、用意して待っててよ」

こうなってしまってはもう何を言っても無駄だ。
真剣に年の離れた弟を甘やかしすぎたかと過去の己と両親に恨み言の一つも言いたくなる。



「お前のあのやたらと五月蠅い車に乗るなんてお断りです。私の車で行けばいいでしょう」
「アニキが運転してくれるの!?」
「冗談じゃありません。今回だけ特別に運転させて差し上げると言っているだけですよ」


響也は上機嫌になって早く早くと霧人を急かす。
その様子に「子供みたいですよ」と苦笑いを浮かべながら車のキーを響也に手渡した。




都市部から車を走らせること2時間強。
渋滞に巻き込まれることもなくスムーズに車は道を滑る。
響也が目的地として選んだのは、以前にバンドの写真集撮影で使ったことのあるとある避暑地だった。
少々辺鄙なところにあるが、品の良いカフェやペンションが多く、最近では高級レストランやホテルが進出を検討している、知る人ぞ知る隠れたスポットだ。
そのため、芸能活動をする響也が行っても大した騒ぎになることもなく、かつ高級志向の霧人も間違いなく気に入るだろう。


森の中に整えられた道を上っていくと、木々に夏の日差しが遮られて涼しげな雰囲気を出していた。
思わず窓を開けてみると、都会では考えられない涼やかな空気が車内に流れ込んでくる。

「この辺に来るとエアコンなんて要らないね」
「本当ですね…風が心地良い」

窓を開け放して走行するなど普段の霧人なら眉を顰めるところだが、今日ばかりはそのような野暮を言う気も起こらないらしい。
最初は乗り気ではなかったものの、やはり人工ではない空気の冷たさというのは抗えないほどの魅力があるものだ。


しばらく森の中のドライブコースを堪能した後、高台にあるカフェテラスに向かい、オープンテラスになっている席に二人は腰を据えた。

上品な初老のマスターに霧人はミントを浮かべた紅茶、響也はアイスコーヒーを注文し、たわいの無い話をする。
いつも自宅で話をしているが、やはり場所が変わると気分も違う。




遠くでさえずる鳥の声がして、ふと、霧人の表情がゆるむ。
そう、霧人は存外動物をかわいがる気質だ。
もしかしたら少し離れた場所にあるというふれあい牧場などに連れて行けば表面上はともかくとして、内心はかなり喜んでくれるのだろうけど、霧人の神経を動物に集中させたくもない。
響也はやはりここが一番だと思い直した。

「良いところだろ?」
「ええ、そうですね」

こんなにリラックスした様子の霧人がみれたのだ。やはりここにつれてきて良かったと思った。




実は、急な思いつきではあったが、日に日に暑さで参っていく霧人を見るのが辛く、少しでも気分転換をしてもらおうとここへつれてきたのだ。
結果は言うまでもなく。
都会育ちとは言え、やはり自然は人間の最深部を癒す力があるに違いない。





「もうちょっと行ったところにコテージがあるんだ。一泊くらいどう?」
「調子に乗るんじゃありませんよ」


やはりそう巧く事は運ばなかったか。
わずかに肩を落とした響也の様子が可笑しかったのか、霧人は声を上げて笑った。

葛葉さまのサイトにアップされていた暑中お見舞いSSをいただいてきて今頃アップという…
葛葉さんからはきちんと掲載許可頂いてたんですが、アップするのが遅くなってしまってすみません;;
避暑する兄弟のやりとりが微笑ましくてたまりませんです…一泊してたらどんな流れになってたのかしらとか
勝手に妄想して楽しませて頂きました(笑)ステキ兄弟ごちそうさまでしたー!